2017 / 05
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日本ではシャンソンを歌うのはほとんど女性なので、女性が好むような詞に書き換えられ、そのため情緒的なものになりやすい。それともう一つの問題はフランス語と日本語の情報量の違いだ。原則として日本語では一つの音符に一つの音なのだがフランス語では一つの音符に一つの単語を入れることも出来るからたくさんの内容を盛り込むことが出来る。そこで日本語に訳すとなると半分ぐらいの内容しか伝えることが出来ないから物語性がなくなる。

シャルル・アズナブール Charles Aznavour の「ラ・ボエーム」 "La Bohème" の最近のコンサートの動画が見つかりました。以前と比べると随分自由にというか、崩して歌っています。若い頃に比べると声の輝きなどはどうしても衰えて来るのでより演劇的な表現になるのかもしれません。また同じ曲を長く歌っていると少し変えて歌ってみたくなるということもあるでしょう。

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La Bohème  Charles Aznavour  ラ・ボエーム  1960年代か70年代のアズナブール

La Bohème  Charles Aznavour  ラ・ボエーム  2004年のアズナブール

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シャルル・アズナブールの「ラ・ボエーム」の主人公はかつて画家志望であった。ところでオペラや歌に出てくる画家は必ず貧乏であって、リッチな画家の例を知らない。どこの国でも画家=貧乏という図式が定着してしまい、貧乏画家という言葉だって一般的だ。

英語で画家はペインター、フランス語ではパントルといってペンキを塗る人、つまりペンキ屋ということで、ただパントルといったのでは画家かペンキ屋か区別が付かない。イタリア語では画家はピットーレで地域によってはペンキ屋でもあるが、別にヴェルニキアトーレという、ペンキやニスを塗る人、つまりペンキ屋という単語もあるようだ。

どうして単語が一つしかないかはオペラを見て分かった。「ラ・ボエーム」では画家がアルバイトで町の店の看板絵を描く場面があって、キャンバスに向かっているだけではパンが買えないので、看板の仕事をするのは一般的だったからペンキ屋も画家も同じということになったのだろう。「トスカ」のカヴァラドッシは教会の壁画を描いているのだから既に人気と実力があった画家なのでしょう。

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アズナブールの「ラ・ボエーム」は画学生だった男がかつて住んでいたモンマルトルのアトリエ、と言っても小さな屋根裏部屋だったかもしれないが、を訪れ懐かしむという内容だが、学生時代をパリで過ごしたカザンにとってはオーバーラップするものがたくさんあり、ジーンと来てしまう。

カルチェラタンあたりのカフェの情景が脳裏に浮かび、青春はおろかであったという言葉にひどく納得してしまう。最も今だにおろかさは持ち合わせているので、心は青春謳歌?

内容を日本語に訳詩すると相当削らなくてはならなくなる。なかにし礼の訳詩が一般的だが大体シャンソンになるときれいな言葉が並ぶことになっている。原作にはヴェルレーヌやボードレールの名は無い。僕としてはロルカやゲバラのような革命的な詩のような気がしてならないのだが、、、

だからヌードとか裸婦という直接的な言葉は日本語のシャンソンでは使われにくいのだが、彼女のヌードを描くと言うのはとても大事な要素だと思う。一つにはお金がないからプロのモデルは雇えないということを暗示し、彼女を愛しているからありのままの彼女を描きたく、また彼女も彼のそういう気持ちに応えたいという愛の表れでもあるし、若い女性の飾りを取った、けな気な裸体の美しさが絵のようでもあり、冷えた体を温め、休みなく絵筆を取り続けた疲れを癒す、熱い一杯のカフェオレが体にも心にも沁み入るのだが、日本語で「彼女をモデルに絵を描く」では誰もヌードだと想像しないし、着衣だったら貧しさも、青春の美しさも、カフェオレの効果も半減すると思うのです。

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ヨーロッパでは女性の裸体は美の女神であるヴィーナスそのものだし、古今の絵や彫刻に表現され続け、誰もが見慣れていて、憧れに通じるものがあるように思うが、日本ではむしろ隠す方向に向いているから何となく言葉が露骨に感じてしまうのだろう。

パリ市はモンマルトルやモンパルナスに画家や彫刻家のために大きな窓のあるアトリエをたくさん作った。しかし今ではアーティストではなく一般の人が住んでいる場合が多い。時代が変わりアーティストが以前ほど優遇されなくなってきているのでしょう。

ところで画学生だった男の20年後はどういう職業なのかは歌詞の中には書かれていない。きっと彼女とは別の人と結婚し、平凡な家庭を持ったサラリーマンでしょう。

La Bohème  Juliette Gréco  ラ・ボエーム   ジュリエット・グレコ

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La Bohèm  ラ・ボエーム      《宇藤カザン訳》

Je vous parle d'un temps
Que les moins de vingt ans
Ne peuvent pas connaître
Montmartre en ce temps-là
Accrochait ses lilas
Jusque sous nos fenêtres
Et si l'humble garni
Qui nous servait de nid
Ne payait pas de mine
C'est là qu'on s'est connu
Moi qui criais famine
Et toi qui posais nue

20歳前の人には知りえない頃の話だが
その頃僕たちが暮らしていた
モンマルトルの部屋の窓辺まで
リラの花が届いていた
僕たちが知り合った
みすぼらしい小さな部屋は
彼女との愛の巣だった
いつも僕は餓えを叫んでいたが
君は裸で絵のモデルになってくれた

La bohème, La bohème
Ça voulait dire on est heureux
La bohème, La bohème
Nous ne mangions qu'un jour sur deux

ラ・ボエーム、ラボエーム
それは僕たちの幸せの証
ラ・ボエーム、ラボエーム
二日に一度しか食事にありつけなかった

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Dans les cafés voisins
Nous étions quelques-uns
Qui attendions la gloire
Et bien que miséreux
Avec le ventre creux
Nous ne cessions d'y croire
Et quand quelques bistros
Contre un bon repas chaud
Nous prenaient une toile
Nous recitions des vers
Groupés autour du poêle
En oubliant l'hiver

近くのカフェに集えば
空っ腹を抱えたこの惨めさの後には
栄光の日々があるものと
信じて止まなかった僕たちだった
たまたま絵が売れれば
ビストロで温かい食事にありつく時もあり
ストーブを囲み、詩を詠んだりしながら
冬の寒さを忘れた

La bohème, La bohème
Ça voulait dire tu es jolie
La bohème, La bohème
Et nous avions tous du génie

ラ・ボエーム、ラボエーム
それは君がきれいだった証
ラ・ボエーム、ラボエーム
僕たちは誰もが才能に満ちていた

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Souvent il m'arrivait
Devant mon chevalet
De passer des nuits blanches
Retouchant le dessin
De la ligne d'un sein
Du galbe d'une hanche
Et ce n'est qu'au matin
Qu'on s'asseyait enfin
Devant un café-crème
Epuisés mais ravis
Fallait-il que l'on s'aime
Et qu'on aime la vie

イーゼルのキャンバスの前に
君をモデルに夜が白むまで
乳房や腰の線を
何度も何度もデッサンしたものだった
そしてようやく明け方に
疲れの果てながらも悦びに満ちて
カフェオレの前に座ったものだった
僕たちは本当に人生を楽しみ
愛し合っていた

La bohème, La bohème
Ça voulait dire on a vingt ans
La bohème, La bohème
Et nous vivions de l'air du temps

ラ・ボエーム、ラボエーム
それは青春の証
ラ・ボエーム、ラボエーム
僕たちは食うや食わずの生活だった

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Quand au hasard des jours
Je m'en vais faire un tour
A mon ancienne adresse
Je ne reconnais plus
Ni les murs, ni les rues
Qui ont vu ma jeunesse
En haut d'un escalier
Je cherche l'atelier
Don't plus rien ne subsiste
Dans son nouveau décor
Montmartre semble triste
Et les lilas sont morts

ある日、たまたま
昔住んでいたところを訪ねてみることにした
けれども若い頃見慣れた通りや建物の壁は
当時の面影を留めず
階段の上のほうに
アトリエを探したけれど
跡形もなく
新しい装いのモンマルトルは寂しげで
リラの花も枯れていた

La bohème, La bohème
On était jeunes, on était fous
La bohème, La bohème
Ça ne veut plus rien dire du tout

ラ・ボエーム、ラ・ボエーム 
僕たちは若く、愚かだった
ラ・ボエーム、ラ・ボエーム 
今となってはもう何の意味もない

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「セ・ラ・ヴィ」・・・・人生とはそんなものかも知れない。

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Author:Kazan





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東京芸術大学及び同大学院卒業 フランス政府留学生としてパリ高等美術学校で学ぶ。シャンソン歌詞の翻訳をしながらシャンソンを歌う。

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